From Southern

サザンカンパニーからの月イチコラムです。
書いているのはサザンカンパニーのスタッフ、写真やイラストは、サザンカンパニーと関わりのある方に依頼しています。

第1回「地域と会社」


イラスト:よしだみよこ

 今回は、地域と会社という題材で書かせていただきます。会社がどんな地域にあって、その地域とどんな関わりあいをもって日々営まれているのか。自分の会社を例にとって語ってみたいと思います。私たちの会社は、東京神楽坂にあります。広告制作や編集企画の会社です。スタッフには、デザイナーやエディター、コピーライターなどがいて、主に企業のPR活動やさまざまな団体の広報活動のお手伝いをしています。

 最初に事務所を構えたのは、神楽坂ではなく、池袋サンシャインシティの文化会館の上でした。約18年程前のことです。その場所を選んだ最大の理由は、周辺に新しい文化施設が多くあったからです。巣鴨プリズンの跡地が、大規模に開発されるとき、地域との話し合いで文化施設を多くつくってほしいという要望があり、それが受け入れられた結果でした。文化会館とは、その名の通り文化施設が多くあり、8階より12階までは居住用や事務所用のマンションでしたが、8階より下や隣の建物などには、プラネタリウム、水族館、サンシャイン劇場、古代オリエント博物館がありました。さらに地続きに200店舗を超えるアルパショッピングセンターや噴水広場、60階の展望台などシティ全体は、実に変化と多様性に富んでいました。

 広告や編集の仕事は、常に多様な発想を求められています。机上だけで行き詰まった時には、リフレッシュが大切です。私はコピーライターですが、キャッチフレーズを30通りも、50通りも組み立てていると、頭の芯が熱くなったままで、疲弊してしまいます。そんなときに事務所のドアを出て5分足らずの場所に、冬空のプラネタリウムや、アマゾンのピラルクのいる水族館があるといういうのは、なんだかうれしいような、気分転換にも最適な場所かと考えたのです。巨大なピラルクのいる水槽は、定期的に疑似スコールと雷が起き、アイデアに疲れた脳細胞にスコールは、実に爽快でした。いま思うと、古代魚のオーラは、脆弱なカタカナ職業の神経に、生命力満ちたヒーリング効果をもたらしてくれたのではないかと。

 約12年間、そんな文化会館の上で仕事をしました。スタッフの人数も倍以上になったことを考えあわせると、地域選びは決してまちがっていなかったのではないかと思います。地域はそれなりに、風変わりな福利厚生の役割を果たしたのではないかと。しかし、サンシャインもとうに30周年を超えました。その頃の私たちにとってサンシャインは新しくも、刺激的にも感じられなくなっていました。すでにあたらしい場所探しをはじめていたのです。

 新しい事務所を探して都内をいろいろと歩いていたとき、神楽坂にやって来ました。初夏のことで、坂下から見たケヤキ並木の美しさは、瞬時にして「このまちだ!」と直感に近いものを感じさせてくれました。学生時代にも度々やって来たまちなので、懐かしさがあったのかもしれません。それから約7年が経過しました。最初の2年間は、まちに興味があっても、まちとの関わりはありませんでした。

 ところがひょんなところから、神楽坂のタウン誌を発行・編集する成り行きになってしまいました。その理由は、すこしづつ地域というものが気になり始めたからです。そして気がついたら『かぐらむら』という小冊子を隔月で発行することになっていたのです。商店街の人や、編集ボランティアの方々に助けられ、さまざまなまちの情報を取材して集めるのが、仕事の合間のリフレッシュ効果に大いに役立っていたのです。

 取材や打合せで顔をあわせるうちに、各店舗やギャラリーとの関わりは、どんどんと深くなる一方です。さらにまちづくりの会やNPO法人の一員になったり、「まち飛びフェスタ」という名のまちの文化祭に関わって投扇興の会を開いたり、自主企画の「ぽちぶくろ展」を毎年12月に開催したり。あげくの果てには、神楽坂みやげとなるような商品企画を依頼され、さまざまなぽちぶくろを制作、まちの10箇所の店舗で販売しています。この10月には、まったく新しいタイプの神楽坂マップ本も編集発行しました。

 本業は、本業として守りながら、まち関連の仕事をするわけですから大変です。深くまちに関わりすぎて、本業がおろそかになるのだけは、避けたいとキモに念じていましたが、物理的な時間は限りがあります。それにまち関連のことは、いくらやってもやり過ぎることはないので、果てしがありません。それでもいまはできる範囲で、まちのことはやろうと考えています。その理由は、こんなところにあります。

 私たちの仕事は、広告や広報が主ですから、常に消費者像、読者像といったものをイメージしています。しかし、ここでよく誤解をしてしますことがあるのです。消費者像という抽象的な概念ばかりが先行して、人間全体が見えなくなってしまうことです。消費者といっても、多様な職業に携わる人々であり、家庭では、父、母、息子、娘であり、まちでは、スポーツジムの会員であったり、習い事やカルチャーセンターの生徒でもあったりします。こうした人々こそが、地域を構成しているのであり、代表的な消費者でもあるのです。こうした地域の人々に理解されない企業活動は、早晩コミュニケーション能力が問われるのではないかと思うのです。

 よく聞く例ですが、社会的にも優良企業であるにもかかわらず、地元の地域社会と問題を起こし、苦情が絶えない場合が多々あります。これは、単に利害が対立しているからとか、方針がちがうからと片付けられない問題です。なぜなら、先ほど言いましたように地域こそが、究極の消費者であり、その視点に立ってこそ企業の将来はあるはずだからです。

 タウン誌を編集発行するようになって、気づいたことがいくつかあります。このまちには、なによりも季節感と粋があるのです。坂と路地の多いヒューマンスケールのまちは、一種の迷宮のようであり、迷宮のような路地には、暮しの表情が豊かです。たとえば、私たちの事務所の1階は、花屋さんです。毎日、日本列島の各地から花の段ボール箱が届き、それを開いた通路には、季節の花々があふれます。花屋さんだけでなく、和菓子屋さん、お弁当屋さん、どのお店にも季節感があります。お店だけでなく、まちの並木や路地、神社、公園、外濠など神楽坂は、実に四季折々の表情が豊かです。

 粋については、花街の歴史をもつので至極当然ということもできますが、それはお座敷や花柳界だけのことではないのです。このまちは、尾崎紅葉、泉鏡花などの作家をはじめとして、画家、邦楽関係者、歌舞伎役者、俳優など文化芸能の最前線で仕事をしてきた人が数多く住んできました。厳しい自己研鑽を積む世界と、お座敷での華麗な宴が、隣り合わせに共存してきたまちと言えます。粋な暮らしを自然と感じられる、居心地のよさがただよっています。こうした地域に関わりあい、多くのことを享受できるのは、なんといっても幸運です。人も、企業も地域のなかで育てられていると実感するのです。池袋サンシャインの時代とくらべると、地域との関わり合い方も深まり、少し大人になったのではないかとこの頃、思うのです。(長岡)