From Southern

サザンカンパニーからの月イチコラムです。
書いているのはサザンカンパニーのスタッフ、写真やイラストは、サザンカンパニーと関わりのある方に依頼しています。

第4回「こわい、コワイもの」


 文字はこわい、言葉はコワイ、文章は恐い・・・この仕事をしていてつくづく思うようになった。言葉というものは人間にとって直接的に訴える、感情的な方法だと思う。ゆえに人は言葉にこだわったり、文章に泣いたり、怒ったり、笑ったりする。だからこそ、様々な人の心情を考慮しなければと感じている。そして段々と言葉を伝えることに神経質になっているようだ。

 しかし、大切にしすぎるのも困りものだ。何故ならナマモノだからである。こうしたらいいかもと混ぜたり、刻んだり、繋げたりしているうちに、見る間に腐って濁ってくる。要するに的を得ず、回りくどくなる現象だ。しまった、またやってしまった・・・。そんな時は迷わず全て破棄することが肝心。腐らせてしまったものを蘇らせることは難しいからだ。

 言葉を一種の表現方法とするなら、伝える側の心情バランスを一定保たなければとも思う。「伝えよう」とする行為は「自分の気持ちをすべて写し出す鏡」だ。意図しなくても、自分の裏側までもさらけだされていく。他人の文章を読むとそれを感じることが多い。だから文章を書く時は、一定の感情を保つことに気を使う。熱すぎて、押し付けがましくないように。冷静すぎて、気持ちが入っていなくてもいけない。無理強いであってはならない。一方的に自分の思いだけを述べることが望みではいないからだ。

 とここまで、もっともなことを述べてきたが、実現するのは・・・かなり難しい。私なりに七転八倒しているのだが「こわい、コワイ」という思いは途切れない。上手くなれない。

 ある人がこんなことを言っていた。「上手くいかないから、がむしゃらになるのよ。続けていれば、いつか上手くなっている」と。そうかと思いながら、今日もがむしゃらになって挑んでいる。(編集/高橋祐子)